ロードバイクに乗る理由の一つに、旅の要素がある。
❝子供の頃、底の深いプールに飛び込んだ時、名状し難い恐怖を感じたものだが、天地が逆であるけれど、いざロードバイクで走りに出掛けようとすると、少なからず虚空に流離う鳥みたいな気持ちとなる。❞
よく、知らない人に説明する時、例えば地図にコンパスで弧を描いて、行って帰ってくることを計算に入れ、100キロ走るならば半径50キロまでだし、200キロであれば100キロ圏内にとどまり、その円から出ることはできない。
大阪市内に住んでいるので、少なからぬ道のりを車と信号に揉みくちゃにされ、そんなところ走っても面白くはない。
それなら日数をかけて走れば、という手段もあるが、すると荷物が一気に増えて、官能的な乗物であるロードバイクならではの走りが侵食されるので、いまいちやる気になれない。
そこで登場するのが、自転車を専用の袋に入れて電車で移動する輪行と呼ばれるもので、一気にコンパスの軸を、任意の場所まで突き刺すことができる。
東に目を向ければ、奈良駅までひとっ飛び、山岳というほど高くも深くもないが、柳生や笠置や月ヶ瀬といったアップダウンの激しい丘陵地帯を堪能し、伊勢本街道に入り直線的な上り下りを繰り返し、リズムのある走りを学ぶ。
南には山深い紀伊半島が控えており、橋本駅からなら真ん中にある十津川村まで行けるが、カーブとアップダウンを延々と繰り返す牛廻山を経由して、超級山岳の護摩壇山を越えて帰ってくるのが、本当の核心なのだ。
また下市口駅なら、特別天然記念物でもある大台ケ原を目指すことができる、のだが、国道ならぬ酷道と呼ばれる425号線を含めて、どういう訳か、このルートでは思いがけぬトラブルに見舞われ、ちょっと鬼門と感じる。
北を目指し、桂駅まで行けば、やたら趣のある京の都を抜け、小浜まで到達して日本海に対面すると、朝鮮半島や中国大陸はすぐ向こうで、復路は鯖街道と呼ばれる古の道を通るが、このルートはどこかしら暗く重いような…
琵琶湖一周は、アプローチは手頃なのだが、北端の峠を除いて、ほとんど平坦となり面白味に欠けると感じ、結構交通量があるので、常に車のエンジン音を背後に聞きながら走ることを強いられ、あまり好きじゃない。
和泉葛城山は頂上に至る道が七つあり、そのすべてを制覇する七葛で名を知られているが、その場合は同じ道を下って上り返すことが必要で、それが面白くなく、この山で四つのルート、隣の山に移動し鍋谷峠の計五本を頑張って、お腹一杯で帰ります。
そして、家から走り始めるコースとしては、ほとんど二つしかない。
淡路島は、朝6時に出たら夜9時に帰ってくる、260キロの長丁場なのだが、ここは海あり山ありの風光明媚だし、船にも乗れるし、交通量は多いが走りやすい産業道路の43号線をかっ飛ばし、色々な要素が詰まっていて面白い。
六甲山は、約100キロの半日で行って帰って来れて手頃なのだが、真夏や真冬でとても走ってられんとブランクができた時、また丸一日コースは気力体力が充実してないと億劫だったり、取り敢えず六甲でお茶を濁しておくか、と何度上ったかわからない山である。
これらのコースを取っ替え引っ替え走り回っていれば、なにやら地図に面白い線を引く秘訣も判ってくるのである。妙に聞こえるかもしれないが、ロードバイクは苦労する分だけ、噛み締めるように味わうことができ、それだけで旅が成立しているのかもしれない。もっと、興味深いルートのレパートリーを増やしたいと企んでいる次第なのだ。
【終わり】
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