「映像研には手を出すな!」という漫画があって、オタクも突き詰めれば凄い武器になるぞ、というのが一番の印象なのだが、その登場人物の一人は、流れる動作、その仕草、細部の作り込み、兎に角そういった類のフェチであり、このこだわりが自分を救うんだ、とまで叫んでいる。それに比べたらあれなのだが、動いている様態とは、とても絵になると常々感じており、おまけに、瞬間を切り取る写真ならではの強みである、一連の動きがあったとして、それぞれを別個に分解することで、改めて躍動する美しさに気付かずにはいられない。先に挙げた作品は、単なる導入部というだけでなく、好きなものを追及すれば、一点突破して次なる地平が見えてくる、というオタク的なるものの凱歌を上げているようで、なにやら勇気づけられて、ちょっとこれからは動きものもやって行きたいな。
1 これくらい小さな子だとカメラを向けても無邪気に笑ってくれて、でも、もう少ししたら自我が芽生えてこうは行かなくなること必至であろう、だから子供を見ていると、失われたものの大きさに、ぽっかり穴が開いている気分となる。
2 この子供の置かれた運命とは、映画「ジョーズ」における人間の根源的な感情を揺さぶらずにはおかない例のテーマ曲が、どこからともなく聞こえてくるのであり、もはやその瞬間がやって来るのを固唾を呑んで見守るばかりなのだ。
3 登場人物が変わり、明確にその正体を現したのは、ここはダースベイダーのテーマ曲が流れるに相応しく、なんと言っても映画史上に残るヴィランだからね、もはやロックオンされたらパトリオットミサイルみたいに逃げられないよ。
4 ロードバイクに乗っていると、速く走りたいと思うものだが、そうして、どうやら、最も重要なことかもしれないのは、あたかも口から鋼鉄の槍を一本呑み込んで、背骨にビシッと筋が通っている、とイメージされるような“体幹”にこそあるのではないか。
5 しっかりした体幹により、そこから伸びる腕と脚は思い切ってブン回すことができるわけで、この子を見てみれば、拳を握った左右の手は互いに遠く位置し、後ろ足の運動靴の跳ね上がりは地面を蹴る力強さを物語り、しかし重心のある腹は微動だにしていない。
6 子供とは、ほとんど重力の呪縛から逃れているのではないか、そう思いたくなるほど、まるで走り幅跳びの選手が空中を闊歩しているみたいであり、その柔らかそうな体と相俟って、それは反則技だろうと思えるぐらい、今日も元気に地上を疾走する。
【終わり】
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